特別寄稿:熊本県庁 和田大志さん
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「といいながら、私はあと5カ月です。
皆さんの若い力に大いに期待していますよ」
ちょうど5カ月前、このメールを部長級のある先輩(以下、Aさん)からいただいた。
自主活動を行う自分たちにとってこれほど嬉しく、そして、背中を押されたメールは無かった。
「といいながら…」で始まるこの文面の裏には、付随する物語がある。
今回は、熊本県職員で立ち上げた自主活動グループ「くまもとSMILEネット」の挫折から再起に至る1つの物語を紹介したい。
■若手職員への暗黙知の伝承
年度末が近付き、どの組織にも、定年退職などお世話になった方々との別れの季節が訪れる。
SMILEネットでは、H24年度から「退職者からのメッセージ」と称して、若手職員にその暗黙知を伝承する場づくりを行ってきた。
語らなければ消えていく“暗黙知”をいかに引き継いでいくか。
特に、その当時は年齢構成として若手職員が極端に少なく、退職者が多い傾向にあった。
「このままでは、組織にノウハウや暗黙知が蓄積しないのではないか。」
そう思った私たちは、伝承のための場づくりを始めた。
SMILEネットが取り組んだ場づくりには3つの特徴がある。
1つ目は、複数の退職される先輩方を同時にお呼びすること。
若手にとってはたくさんの先輩の話を一度に聞けるメリットがあり、主催者としても、本庁や出先など職場を問わず、あるいは役職や職種に関わらず、引き継いでいくべき「暗黙知」が有ると考えていたためである。
2つ目は、単なる講演形式ではなく、「ワールドカフェ形式」にしたこと。
若手が気軽に参加できるようにする狙いと、退職前でお忙しい先輩方に講演資料の準備など、余計な負担をかけたくないとの気持ちがあった。
実際にやってみると、先輩方からも「その方が助かるよ」と参加を快諾いただくケースが多かった。
3つ目が、ムービーによる「見える化」と「共有」である。
暗黙知を組織のDNAとしていくためには、当日参加してくれた職員はもとより、職員全体で共有していく必要がある。
その場の「気づき」をいかに広め、浸透させていくか。そこで思いついたのは、「動画(ショートムービー)」にまとめて、全職員が閲覧可能な庁内システムの掲示板でシェアすることだ。
日頃から、自主活動のお知らせやレポートを掲示板に掲載することに寛容な文化が熊本県庁にはあったため、そのハードルは高くなかった。
むしろ、動画を見た同僚、上司から「あのムービー感動したよ!」「本来なら人事課がオフィシャルに取り組んでも良い企画だよね」などの感想をいただいた。
■順風満帆から4年目の挫折と葛藤
その後、3年連続で開催し、順風満帆に進んでいるかのように思えた。
そして、次はどなたにお願いしようかと考えていた4年目に、思いがけず1つの挫折を経験することになる。
退職を予定されていたある先輩に相談に行ったところ、1分も経たぬうちに断られたのである。その理由は次のとおりであった。
『あなた達の取組みは知っているけど、私はこういう場は好きじゃない。
その日会ったばかりの人に伝えられるほど簡単なものではないし、何より、伝えたいことは、これまで一緒に仕事をしてきた後輩たちに、仕事を通して伝えて来たのだから。』
■「仕組み」と「仕掛け」の違い
これまでも遠慮される先輩がいなかったわけではなく、特に気にしなければ、別の方に打診するところである。
しかし、不意に投げかけられたこの言葉に、私はガツンと頭を殴られたように感じた。
なぜなら、これまで自主活動に取り組んで来る中で、「仕組み」と「仕掛け」の違いを意識し、最終的には「仕組み」として組織に落とし込んでいくことが、風土改革には大切であると重々承知しているつもりであったからだ。
自分たちがやって来たことは、何となく良さそうなことをしていただけではないのか。
耳触りの良い「仕掛け」をやっているだけで、「仕組み」としてアプローチ出来ていなかったのではないか。
その葛藤が頭を離れず、4年目のプロジェクトは断念。その後、熊本地震を挟み、2年間の充電期間を経ることになる。
■葛藤の中で受けた一通のメール
熊本地震への対応が徐々に落ち着きながらも、なかなか次の一歩が踏み出せない状態が続いていた。
その時、思いがけず一通のメールに出会う。冒頭に紹介したAさんが、昼休みに若手職員を対象とした「ランチdeゆるト~ク」なる勉強会を開催するとの内容であった。
具体的には、昼休みに互いに弁当を食べながら、ベテラン・中堅職員から仕事の進め方やノウハウを伝授していただくシリーズ開催(毎回約20人が参加)の集まりである。
こうした勉強会を若手が開催することは珍しくないが、「幹部職員が若手のために」というのは、あまり聞いたことがない。
暗黙知の企画を始めた時から5年が過ぎ、若手職員の採用が以前より増えている時期でもあった。
「これからは、若手の育成がさらに重要になる。」
寺子屋のような学びの場づくりを目指していたこともあり、早速、参加を申し込んだ。
実際に参加してみると、他にも多くの若手が集まっており、ベテランや中堅の先輩方が自分の仕事術や信念を語り、若手がそれを学ぶ。目指していた姿がそこにあった。
主催したAさんにどうして始めることになったのかを尋ねると、
「仕事のノウハウは、人と組織の大事な(知的)インフラ。若手の皆さんに伝えたくて、ささやかながら、退職前にやろうと思ってね」
との答えであった。
翌日、Aさんに感想を送った。
「すごく良い学びの場でした。
自分もこういう場を作りたいと思っていたんですよ。
先を越された~というのが正直な感想です。」
すると、Aさんから思わぬメールが帰って来た。
『実は“先を越された~”と思ったのは私の方なんですよ。
数年前、あなた達が退職者と語る企画を始めたのを知りました。
その時、こういう企画をやらないといけないのは自分たちの方だったんだと思い、遅まきながら、始めたんですよ。』
との内容であった。
そして、メールはこう続く。
「といいながら、私はあと5カ月です。皆さんの若い力に大いに期待していますよ」
■6年目の再起〜踏み出す「勇気」とやり続ける「根気」
それから、しばらく経ったH30.3.19、先輩職員5名と若手職員30名が集まり、4回目の『退職者からのメッセージ~暗黙知の伝承』を復活開催することができた。
そこには、まっすぐな目で先輩の話を聞く若手の姿と、真剣に、そして少し嬉しそうに、これまでの経験や大事にしてきた信念を語る先輩方の姿があった。
背中を押してくれたAさんからの一通のメール、迷いを決心に変えてくれた同僚、そして、年度末の忙しい時期にも関わらず、復活開催のために力を貸してくれたSMILEネットメンバーのおかげである。
しかし、時間は待ってくれず、約束の時間が訪れる。
最後の問いを投げかけた20分、終了時間を知らせるマイクを隠したくなった。
この価値ある時間を自ら区切るのが惜しくなったのである。
退職する先輩方を見送るドアで、一人一人と握手を交わした。
その握手で、改めて、大きく力強く感じた先輩方に、自分たち若手は近づいていくことができるだろうか。
しかし、それは杞憂であることを回収したアンケートが教えてくれた。
■「仕掛け」と「仕組み」をつなぐもの
葛藤の中で、考えたことがある。
「仕掛け」と「仕組み」の違い、そして、その2つをつなぐものについて。
「仕掛け」自体が、すぐに「仕組み」に変わることはない。
しかし、1つの「仕掛け」を続けていくことで、その組織の「風土」や「文化」として根付いていく。
いずれ、この対話の場が、組織としてのオフィシャルな取組みに進化するかもしれないし、暗黙知を伝承するための何かが制度化されるかもしれない。
それを媒介するのは「人」、つまりは私達、職員である。
今回のように、1つの仕掛けは、次の流れを誘発する。
それは、別の「仕掛け」かもしれないし、「仕組み」かもしれない。
ただ、その転機は不意に、何の前兆も無く訪れる、ということを今回の経験で学んだ。
それならば、単なる「仕掛け」だとしても、その時が来るまで根気強く、自分達が大事だと信じることを続けていく必要があるのではないだろうか。
勿論、やみくもに続けるということではない。
そこには、ビジョンや戦略も必要である。
なぜなら、葛藤していた2つはトレードオフの関係ではなく、つながっているということに、改めて気づいたからである。
■最後に
そして、いよいよ年度末を迎える。
お世話になった方々との別れの季節である。
「といいながら、私はあと5カ月です。
皆さんの若い力に大いに期待していますよ。」
読み返した冒頭のメールが、もう1つのことを語っているように感じた。
「自分達がその立場になるまでに、何を残すことができるだろうか。」
笑顔で旅立つ先輩達から、大事なバトンを受け取った気がしている。
(終)
特別寄稿:熊本県庁 和田大志さん
「熊本県」タグアーカイブ
【連載】政治山に熊本市・北野伊織さんが執筆した記事が掲載
早稲田大学マニフェスト研究所は、従来より連載記事を提供している政治サイト「政治山」(株式会社パイプドビッツ)に、人材マネジメント部会の連載「一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~」を2014年11月から開始しました。
2014年度参加者の熊本市・北野伊織さんに、地域担当職員として震災後のまちづくりに関わってきたなかで感じたことを今回の記事として寄稿いただきました。
2016年4月、異動で新たな職場に配属されまちづくりを担当しようという最中、熊本を震災が襲いました。職員として地域住民の思いにどう向き合っていったのか、派手ではありませんが地道に実直に、地域に寄り添う北野さんの姿が目に浮かびます。
ぜひご覧ください!
≫第24回 地域の最前線で地域担当職員として“まちづくり”に関わってきたこと、感じたこと(熊本市北区役所区民部北部総合出張所北部まちづくり交流室(地域担当)主幹 北野伊織)
【連載】ガバナンス9月号に熊本県・和田大志さんの記事が掲載
『月刊ガバナンス』(ぎょうせい)のデータバンク内にて、人マネのマネ友がリレー形式で執筆する新連載「コミットメント~他責から自責文化の自治体職員~」が2016年6月号から始まりました。
人材マネジメント部会の修了生であるマネ友が、部会でどのような刺激を受け、コミットメント(宣言)し、役所に戻ってからいかに実践をつづけているか。試行錯誤も含めてご紹介いただきます。
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<ドミナントロジックの打破>
月刊ガバナンスの人マネ連載「コミットメント-他責から自責文化の自治体職員-」9月号に、熊本県のマネ友・和田大志さんの寄稿が掲載されました。
4月に起きた、大きな地震。上司に付き添って感じた迫り来る決断の連続、有事対応における職員や組織のあり方。800字の中に様々なものが詰まってます。
ぜひご一読ください。
政治サイト「政治山」に、熊本県・和田さんが執筆した第3回連載記事が掲載されました。
早稲田大学マニフェスト研究所は、従来より連載記事を提供している政治サイト「政治山」(株式会社パイプドビッツ)に、人材マネジメント部会の連載「一歩前に踏み出す自治体職員~ありたい姿の実現を目指して~」を2014年11月から開始しました。
第3回は2010年度参加のの和田大志さん(熊本県)に担当いただきました。以下のリンクからご覧いただけます。
和田さんはハイタッチ運動やSIM2030など様々な取組みをされていますが、一歩前に踏み出したきっかけは、部会での「コミットメント」と成功体験だと書かれています。
第3回 一歩踏み出せば世界の見え方が変わる~部会での「気づき」と熊本県庁での「実践」(熊本県環境生活部水俣病保健課主任主事 和田大志)
<記事から一部引用>
自分たちの組織の変革を考えるとき、「自分の組織はダメだ」「あの組織のことが羨ましい」という初期診断を安易に下してしまうことがある。しかし、本当にそうだろうか。少なくとも、熊本県庁においては、そうではなかった。(略)
それぞれの職員の中にある「貢献意欲」や「利他の心」に気づき、その表出が上手くいくように実践できれば、組織は変わっていく。そのためには、まず自分から惜しみない愛情・思いを同僚・組織に向けることができるかどうか。つまりは、どこまで自分の同僚・組織を「好き」になれるかである。
好きでなければ、他人に責任を転嫁する「他責」から脱却し、「自分に指を向ける」ことはできない。すべてはそこから始まるのだと部会で教えてもらったように思う。